今回は、財政健全化と直結する増税問題がテーマです。

日本の財政が悪化している主な原因は、「社会保障以外の財政余裕」(税・社会保険料収入-社会保障支出)の減少にあった。
この認識から、「社会保障以外の財政余裕」が、どのような要因によって左右されているか、を本章で分析するとしています。

ここで行われているのが「人口高齢化」「失業率上昇」「経済成長」「労働生産性向上」。それぞれによる財政健全化もしくは悪化の仮説・検証です。
結果、財政余裕を増やして財政健全化を実現するには、「高齢化の抑制」「失業率の低下」「労働生産性向上」対策が考えられる、というのです。
また「労働生産性向上」には「女性への就労支援」が有効で、「高齢化抑制」には「出生率の向上」が必要とも。

どうも、本書の初めに位置付けられたこのテーマの意味合い・意図が、正直よく理解できません。
そこでの結論から、既に見てきた第4章~第8章のそれぞれの政策に有効な仮説の効果統計分析・検証に向かったのですが。
社会保障以外の財政余裕のなさで、社会保障、とりわけ子育て支援政策の拡充のための財産確保を図る。これも、分かるような分からないような言い回しです。

そこで、『子育て支援と経済成長』の<第1章 財政難からどう抜け出すか>を借りて、筆者の言いたいことを補完しておきます。

わが国の社会保障費は、超高齢化によりその支出に多くを割かれ、子育てに関する社会保障を充分に増やしてこなかった。そのため、非常に子育てがしづらい国になってしまった。
現役世代、労働力人口が減少し、社会保障支出は増え、国の財政難は深刻度を増している。従い、財政健全化を図る必要がある。そこで、社会保障の中の子育て支援政策を推し進めるために財源確保策を講じることが、本論の目的となる、というわけです。

これを受けて、第3章から第8章まで、個別政策に関する仮説・検証作業を経て、最後にそれら社会保障政策(=変数)が及ぼすとみられる効果を、具体的数値予測化。これが本章です。
筆者は、社会保障政策と表現していますが、私には、経済政策の方に目的・目標がシフトした論述のように読み取れるのですが。
また、この計算で用いる統計方式や係数には、種々の条件が付されており、私などにはチンプンカンプン。
そこで思い切り集約して紹介します。

効果予測対象として、以下の3分類を設定しました。
1)各種社会保障のための政府支出(対OECD比)のOECD平均までの拡充とそのための予算規模及び波及効果
2)待機児童解消のための予算規模と波及効果
3)他の(労働生産性成長率、子ども貧困率、自殺率、出生率)目標のための予算規模

政府支出のOECDの平均実質レベルまでの増額案と波及効果想定

このうち1)へのアプローチについて概括します。

この支出で効果が期待される政策課題として、「保育サービス」「児童手当」「起業支援」「職業訓練」を挙げます。
毎年GDP比0.66%の追加予算を算定。その実額は、2015年名目GDP499兆円では3.3兆円に。
これに「産休育休」「雇用奨励」「ワークシェアリング」において同様に対応した分を加えると、同GDP比0.78%、実額で3.9兆円に。
その結果、労働生産性成長率が約1.03ポイント増加、財政余裕が同毎年0.22ポイント以上ずつ増加。その結果、子ども貧困率は約3.9ポイント減少と予測。

いかがでしょうか?
このような視点で考えるのならば、本来、個々の社会保障制度がいくらの予算追加投入で、どのように改善されるかを示すのが先でしょう。
そもそも、GDP自体が固定されたものではありません。またOECD比でどうなれば、個別制度がどう改善される、と確約されるものでもありません。
まして、新型コロナウィルス感染症拡大や、ロシアのウクライナ侵攻などが及ぼす社会経済への影響などは、こうした作業において、どの程度の意味・意義をもつことになるでしょうか。

ここでは、2)の待機児童対策政策 や3)のその他の政策については割愛します。
しかし、この章全体を通して、なんとも言えない違和感を感じました。また、読み進めて理解しようとすることに、どれほどの意味があるのかとも考えてしまいました。

さて、当初から子育て支援のために必要な財源を、現状の税と社会保険制度の改定によって捻出することを方針としていた柴田氏。
それぞれの利害関係者における痛税感を小さくし、有権者全体の抵抗感も少ないと思われる改革領域。このほか、「改革による副作用のリスク分散」が実現可能として、以下の「小規模ミックス財源」方式を提案しています。
なお、試算数値は、すべて、当書発刊時の2016年に行ったものです。

1)「個人所得税」の累進化:0.1兆円規模の個人所得税の増税改正
 ※2013年税制改正で、課税年収4千万円以上税率40%から45%への引上で0.06兆円税収増。
2)「相続税」改正:0.3兆円規模の「相続税」改正
 ※2013年税制改正で、2015年から基礎控除引上と税率引げで0.3兆円相続税増収。

3)被扶養配偶者優遇制度低所得世帯への限定
  「所得税・住民税の配偶者控除・配偶者特別控除」「国民年金の第3号被保険者制度」「健康保険の被扶養配偶者保険料免除」における<優遇対象世帯>を世帯所得下位54%の低所得世帯(世帯年収約700万円以下)への絞り込みで、1.6兆円規模の税・社会保険料増収

4)「資産(課)税」の累進化
 ・純資産総額5000万円~1億円の706万世帯から1世帯当たり毎月1万円追加徴収で0.8兆円
 ・同1億円以上の267万世帯から同3万円追加徴収で1兆円
 合計1.8兆円の税収増

以上で、柴田案で必要な財源3.8兆円を確保可能としています。

なお、3)の「被扶養配偶者優遇制度」全廃時の税と社会保険料の増収見込みは年間3.5兆円としているのが参考になります。
また、同案では、抵抗感が大きくなると想定して、消費増税や年金課税には手を付けないこととしています。
なお、先述した(2013年の)潜在的待機児童80万人解消を目的とする政策財源確保案では、消費増税分0.7兆円と別途0.7兆円追加予算の捻出方法を提示しています。

この待機児童対策に関する部分だけが、具体的な子育て支援政策としての形をなしていると感じられました。
無論、待機児童対策自体、広範かつ具体的な関連する個別政策を必要とし、その集約で、政策効果測定が可能になるわけです。

こうした議論は、鶏が先か、玉子が先か論の性格を帯び、子育て支援政策を論じる上で、出発点で方針を明確にしておく必要がありました。
しかし、どちらの書も、子育て支援という社会保障領域の課題を社会システムとして捉えず、はじめに財源確保が必要と、経済システムを軸としてのアプローチにしてしまった。そのことで、具体的な子育て支援政策の検討に向かわせることなく、終えてしまった感覚です

しかし、財源対策を最重要視した視点での取り組みは、ある意味社会学者としての誠実さを示すものであり、そのことを私は、決して批判的に見ているわけではありません。
その問題をカバーするのが、『子育て支援と経済成長』の<第5章 子育て支援の政策効果>です。
次回最終回の初めにこの章を取り上げた後、総括に結びつけることにします。

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