2.保育サービス支出総額だけの統計論のムリ筋(2022/5/22記)
次に、諸提案の中で基本とすべき<保育サービス>拡充による子育て支援政策と統計データを巡る提起・提案を見ます。
後述した構成に見るように、本書では、「保育サービス」というくくりの章立てで、具体的な政策の説明とその財源についての説明はありません。
それは、本書の重要テーマの「子育て」の具体的な政策区分についても、章立てがないことと同様です。
柴田「子育て」政策における政策区分
まず、本書において「子育て支援」というくくりで設定している政策区分は
1)保育サービス
2)産休育休
3)児童手当
の3種類だけです。
<産休育休>は、労働基準法規定の産休に加え、別に規定される育児・介護休業法や雇用保険法などによる育休日取得保障と所得補償に関する財政支出が関係します。
<児童手当>は、同法に規定される「現金給付」としての財政支出で、その用語で理解可能です。
しかし、
<保育サービス>は、それだけでは、何をどこまで意味するのか、どれだけの財政支出が行われているのか、理解できません。
保育サービスと子育て支援
そこで、本書で用いられている<保育サービス>に関する記述を、章立て構成に従って確認してみることにします。
各章の目的は、<保育サービス>事業に国の財政から支出される場合、子育て支援に有効に機能していると統計的に評価分析できるか否かを示すことです。
かなりラフなまとめになりますが、ざっと見ていくことにします。
<第4章 労働生産性を高める政策(女性就労支援・保育サービス・労働時間短縮・起業支援など)>における保育サービスの有意性
保育サービスは、
・翌年の女性労働力を高め、その女性労働力がさらに翌年の労働生産性を高める。(間接的効果)
・翌年の女性労働力を介さずに、翌々年の労働生産力を高める(直接的効果)
・これにより、親たちのワークライフバランスを改善させたり、労働を効率化させたりすることで労働生産性を高め、翌々年の社会全体の労働生産性を高める。
<第5章 女性の労働参加を促す政策(保育サービス・産休育休・公教育)>における保育サービスの有意性
・保育サービスを利用することで働けるようになるのは、父親よりも母親のほうが多い。保育サービス支出が増えると、保育サービスの就労者と利用者が増えることで、労働力人口が増え、その過半数は女性である。
・一方、保育所定員の増加が核家族比率を上げて、母親就業率を下げる面もある。
<第6章 出生率を高める政策 (保育サービス)>における保育サービスの有意性
・児童手当支出が増えると、翌年の出生率が上がるという傾向は見られない。また産休育休が増えると、翌年の出生率が上がるという傾向も見られない。
・しかし、保育サービス支出が増えると、翌年の出生率が上がるという傾向が見られる。
<第8章 子どもの貧困を減らす政策(児童手当・保育サービス・ワークシェアリング)>における保育サービスの有意性
・保育サービスが充実すると、主に未就学児を育てている親が、安価な行政の保育サービスを利用できるようになる。そのため、家計支出が減る。
・未就学児の預け先がなかったために働けなかった親が働けるようになるため家計収入が増える。
・それにより、子どもの相対的貧困率が下がる。
保育サービス支出とは?
柴田氏の本書の進め方は、まず命題に対して影響を与えると類推する個別の政策実施時の<仮説>を設定する。そして、それに投じられる財政支出が有意に働き、寄与しているかを<検証>しようというものです。
ただ、上述のように、保育サービスが具体的にどんな事業に、どれだけの金額が投入されているかの説明はありません。
例えば、前項に「安価な行政の保育サービスを利用できるようになる」とあります。しかし、新たに開設する保育所が公立であると想定できる記述ですが、それは現実的ではありません。
但し、現状の保育行政において、保育の無償化が「保育サービス支出」増に加わることになりました。
ここで、原点に戻って、主な「保育サービス政策」(予算化)事業を、私なりに整理してみました。
1)公立保育所等管理運営事業(既存・新設)
2)民間保育所等事業支援(既存・新設)
3)公立保育所等就労者賃金・社会保障等
4)民間保育所等就労者賃金補助
5)保育費用補助・無償化
6)学童保育支援等
7)その他
一口に「保育サービス」支出を増やすべきとしても、これらの領域においてどのように配分・支出するのか。
そして、どんな方法が効果をもたらすか。
そのための仮説・検証には踏み込まれていないことが、柴田論の問題の一つと考えています。
一応、本書の解説書に当たる『子育て支援と経済成長』の構成から、「保育サービス(支出)」に関する章立てを確認してみました。
以下がそれに当たります。
第2章 働きたい女性が働けば国は豊かになる
・育休より効果的な保育サービス
・保育の拡充が財政余裕を増やす?
第3章 「子どもの貧困」「自殺」に歯止めをかける
・ワークシェアリングより保育サービス
第5章 子育て支援の政策効果
・結局、待機児童はどれくらいいるのか
・子どもを持ったお母さんは一生パート?
・保育士が集まらない
・待機児童問題解消にはいくら必要か
・公立の認可保育所は縮小傾向
・子育て支援でどのくらい経済成長するのか
・待機児童解消による政策効果
・長時間労働が引き起こす「保育の質」の低下
・フランス革命と出生率
・保育ママ以外の要因は?
・フランスから学べること
・保育所で解決したスウェーデン
・「マツコ案」で保育・教育の無償化を試算してみた
当然ですが、保育サービスは、質的・量的両面からの向上が求められています。
待機児童問題の解消に不可欠な認可保育所等の増設、慢性的人材不足が問題になっている保育士の増員・補充。
これがこの章の軸になっていることが、おおよそ読み取れます。
この書で数字で示された重要ポイントは、シリーズの終わりの方で紹介したいと思います。
保育サービス支出の性質が及ぼす財政支出比率、GDP比率への疑問
柴田論の<政策効果の統計分析>の基本となっているのが、保育サービス領域における一般政府支出と社会保障支出合計と全体比及びGDP比。これは、日本の位置を知るためのOECD主要国との比較です。
その中で、一つ気になっていることがあります。
日本の保育サービス事業は、本来公的性質をもつ保育事業の民営化がどんどん進められてきました。
それにより、保育サービス財政支出が圧縮・抑制され続けて今日に至り、先進国比で低位になっている要素が強いのではないかということ。
保育サービスは、義務教育と同次元・同性質|財源論ベースで考えることの矛盾
いわゆる「大きい政府」をめざすのか「小さい政府」であるべきか、の議論の範疇に入ってくるのですが、その発想自体ナンセンスです。
保育サービスは、政府が直接手掛ける事業ではありません。しかし、国民・住民への行政サービスであり、草の根的な生活基盤事業です。
小中校の義務教育と同次元のものであり、同様の性質を持つもの。そのため、政府支出として、管理運営費用も、人的資源費用も賄うべきものです。
その財源が不足しているから、実現しない・できないというものではありません。また、そのための財源が整うまで改革できない・しないというものでもないのです。
社会学者が、財源をどうこう心配配慮して提案する問題でも当然ないのです。
そこから再出発して議論と考察と提案をやり直すべきです。
子育て・保育事業の経済的効果の仮説・検証の必要性も疑問
もうひとつ、こうした公的な子育て・保育事業の経済的効果の仮説・検証が必要という議論も、ある意味ナンセンスと言うべきでしょう。
小中義務教育の経済的効果をどのように評価することに、さほど意味があるようには思えません。
ほとんどが高校・大学教育を受けた政治家と官僚が、未だに望ましい社会や保育・教育制度、社会保障制度を構築できていないのですから、彼らの経済的・社会的効果の検証が不可能であり、無意味でもあることを示しているのです。

次は、<少子化対策>と<子どもの貧困問題>の視点からの子育て支援政策について考えます。
財政健全化と直結する増税問題が、第4回のテーマになります。
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